「京都」と「大阪」現在の状況

「東京・大阪・京都・神戸・横浜・名古屋」の6つの都市は大正時代、日本の六大都市と定められていました。このうち京都は、第二次世界大戦中に大きな戦火を免れ、日本の大都市としては珍しく、歴史的建造物が多数残される都市となりました。古い町屋も数多く残り、現在では西陣織の工場として京都の産業を支える存在になっています。京都といえば、「観光」というイメージがありますが、残されたのは歴史的建造物だけではありません。西陣織や京焼き、友禅染など、平安時代・江戸時代から伝えられた伝統工業も脈々と受け継がれてきたのです。

伝統工業だけが京都の産業ではありません。伝統工業のノウハウを取り入れた最先端の産業も主要産業です。京焼や清水焼の焼成技術を生かした「セラミック生成技術」。友禅染における捺染技術を生かした「印刷」、「半導体技術」。仏壇・仏具製造の金箔技術を生かした「半導体プリントの金属箔」など、観光と並んで京都の特筆すべき産業となっています。また、京都の歴史的建造物やこれらの伝統工芸は、世界中の人々を魅了してやまず、関西国際空港の開港によって外国人観光客の数も年々増えており、京都の町を歩く外国人の姿も目立つようになりました。

大正時代から昭和初期にかけては、東京に並ぶ勢いで大都市へと変革していきます。大阪市の都市計画事業も大掛かりに進められ、50年後・100年後の大阪を見据えながら、大阪市の基盤が出来上がった時期です。ところが、第二次世界大戦によって、商工業地区や港湾に大規模な空襲が続いたため、一時は壊滅状態になってしまいます。かつての大規模な工場地帯は消え、工場のあった場所は文字通り「焼け野原」となってしまったのです。市街地も同様に幾度となく空襲の被害に遭い、人が住める状態にはありませんでした。

その後、終戦を迎えると、戦後の復興は早く、大阪の産業も重工業・軽工業を中心にして高度経済成長の波に飲まれていくことになります。大阪港も元のように整備され、外国との貿易港として活気を取り戻します。1970年に開催された大阪万博では、日本を始め、世界各国から延べ6400万人の来場者があり、大阪という都市が世界から注目される大きな節目となりました。1994年には西の玄関口として「関西国際空港」が開港し、大阪はもちろん、京都や神戸への観光の重要な拠点として利用され、大阪経済の発展の重要な地位を占めています。

京都と大阪の歴史に関する質問

  • PS版電車でGO!プロフェッショナル仕様について
    2003-04-20 19:23:00
    PS版電車でGO!プロフェッショナル仕様の初期段階の車両、路線数はいくつあるのでしょうか?できれば詳しい内容が判れば良いのですが・・・ご存じの方、教えてください。よろしくお願いします
  • 京都が舞台
    2004-12-13 16:23:00
    京都舞台としたアドベンチャーゲームなのですがこれ以外にも私の記憶によると・ポートピア連続殺人事件・東海道五十三次・弥二喜多道中記・水戸黄門などメインではなくとも京都が出てきたと思います。長くなりましたがその他多少にかかわらず
  • MacかWindows
    2007-11-28 23:58:00
    大学入学後にノートパソコンの購入を考えているのですが、MacとWindowsで迷っています。ちなみにMacはMacBook、WindowsではVaioを考えています。Macは使いにくいと聞いたことがあるのですがいまいち違いがわかりません。ぜひ違い